TOP > 恋せよ、オトメ。 浅野妙子・連載エッセイ
なぜ、人は待ち合わせを嫌がるのか。
宙ぶらりんの毎日を生きる辛さと、
愛する男のそばにいる快楽が、
エスプレッソの中の砂糖とミルクみたいに
まといついている。
ナツコという友だちがいた。
かれこれ二十年以上も前。八十年代のパリに、一人、留学していた頃のことだ。
私は二十二。ナツコは二十五だった。
生まれて初めての一人暮らし、初めての外国におっかなびっくり、オドオド過ごしていた私には、フランス人のボーイフレンドと同棲しながら大学に通うナツコは、ずいぶんと大人の女に見えた。
ナツコはチャーミングだった。
ファニーフェイスで、大きな濡れたような目に、笑うとたっぷり愛らしさがこぼれた。そのくせ声が低くて色っぽかった。
同棲中のボーイフレンドの方は、小柄で毛むくじゃらでたいしてハン サムにも見えなかったけど、ナツコは彼を熱愛していた。
同棲して三年目。
ナツコが「結婚」という具体的なゴールを考えていたかどうかはわからない。ただ、なんの約束もしてくれない男に引っかかって、未来の見えない毎日を送るのに、息苦しさを感じていたことだけは確かだ。
――彼って、私をツナギとしてしか見てない気がするのよ――
フランス語の本と日本のポップスのカセットでごったがえした狭苦し いアパートのキッチンで、ナツコはゆっくりとコーヒーをかき混ぜながら言う。
彼女の動作はいつも、けだるそうだった。
まるで身動きするのも億劫な、あたたかい泥沼に浸っている感じ。宙ぶらりんの毎日を生きる辛さと、愛する男のそばにいる快楽が、エスプレッソの中の砂糖とミルクみたいにまといついている。
学生ビザは切れかかっている。
日本で医者をやっている父親からは帰ってこいと矢の催促がある。
「ほっといて」と、それを突き放しながら、思い出したように振り込まれる父親の仕送りをあてにして、コソコソ銀行から引き出して食いつなぐ。
いつか見切りをつけなきゃと思いはするものの、彼と離れることはできない。――たまに、そんなナツコの鬱憤うっぷんが、私の目の前で爆発することがあった。
待ち合わせの時間が近づくと、
だんだん、だんだん、めんどうになってくる。
気詰まりがして、逃げ出したくなる。
たとえば、二人に夕食に招かれる。
彼が出てきて、
「悪いね。ナツコは今日は頭が痛くて食事が作れない」と言う。
すると奥から、腫れぼったい顔のナツコが出てきて、「やるわよ」と、キッチンに立つ。
「悪いね、ナツコがグズで」と、彼が言う。ナツコはふり向く。
テュ・エ・サロー「ろくでなし」と、男の顔に向かって言う。
自分の感情に照れてしまう日本人の哀しい性(さが)で、ナツコの顔はうっすら微笑んでいる。
「ろくでなしと一緒に住んでいるお前こそろくでなしさ」男は笑って言い返す。
私は黙って二人を見ているしかなかった。そんな時、ナツコの辛さが、ほんの少し、私の心にも忍び込んできた。
でも、それはほんの少しだ。オクテの私は、まだ、本気で人を好きになったことがなく、恋をしている人が、みんな羨ましく見えた。好きと嫌いのいりまじった激しい思いや、にっちもさっちもいかない恋の甘美な苦しみを、ナツコは私にかいまみせてくれた。
……ずっと後で、ああコレってアレね、と、私にもわかったんだけどね。
ナツコと私は一度だけ、一緒に旅をしたことがある。
日本に引きあげる前にスペインを旅していて、偶然に出くわしたのだ。
夕暮れ時、橙色に染まった石畳の坂道をゆっくりと降りていくと、同じ道をゆっくりと登ってくる、黒髪、黒い目の、自分によく似た娘を見つけた。
ナツコだった。私たちは坂道の上と下から駆け寄って抱きあった。
その夜は居酒屋で食べて飲んでおおいに盛りあがった。
二人とも次の目的地がバルセロナだということがわかり、互いのホテルの電話番号を教えあい、明日は一緒に旅だとうと約束した。
ところが翌日、ホテルの電話は鳴らなかった。
一日、部屋にねばって電話を待つ身は辛いものだ。そんなに律儀に待っていることもなかったのかもしれないけれど、二週間の一人 旅の後で、私はずいぶん心細くなっており、気のあった友だちとの再会が心から嬉しかったのだ。
仕方なしに、意を決して一人で列車に乗った。
夜行列車で一晩を過ごし、眠い目をこすりながらバルセロナ駅のスタンドでコーヒーを啜っていたら、後ろからポンと肩を叩かれた。
ナツコが笑っていた。
顔じゅうから愛嬌がこぼれるような、じつにじつに憎めない笑顔だった。
「会えると思ってたんだ」と、ナツコは言った。
あとでナツコは私に話してくれた。
「待ち合わせって嫌いなのよ。待ち合わせの相手がいい人で、仲良くしたいって思ってる人でも、待ち合わせの時間が近づくとね、だんだん、だんだん、めんどうになってくる。気詰まりがして、逃げ出したくなっちゃう」
今の私にはわかる気がする。
ナツコが日本に帰りたがらなかったのは、「愛」のためばかりじゃない。
日本に帰ったらきっと、親や友人がよってたかって、彼女の居場所を決めてしまうだろう。
彼女にはそれが嫌だったんだ。隅々までキチンと管理された日本という社会の中で、一歩も動けなくなってしまうのが、怖かったんだろうなぁと。
ナツコはあれから、どうなったんだろう。
私は彼女の東京の住所を、ついに聞かずじまいだった。
あれは、彼女が教えてくれなかったからなのか。
こっちから聞くべきだったのか。
今はもう、私と一緒で四十を越しているはずだ。どこで何をしている のかな。
(Oggi2009年2月号掲載 イラスト/大橋美由紀 本誌デザイン/十時かの子)
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愛する男のそばにいる快楽が、
エスプレッソの中の砂糖とミルクみたいに
まといついている。
ナツコという友だちがいた。
かれこれ二十年以上も前。八十年代のパリに、一人、留学していた頃のことだ。
私は二十二。ナツコは二十五だった。
生まれて初めての一人暮らし、初めての外国におっかなびっくり、オドオド過ごしていた私には、フランス人のボーイフレンドと同棲しながら大学に通うナツコは、ずいぶんと大人の女に見えた。
ナツコはチャーミングだった。
ファニーフェイスで、大きな濡れたような目に、笑うとたっぷり愛らしさがこぼれた。そのくせ声が低くて色っぽかった。

同棲中のボーイフレンドの方は、小柄で毛むくじゃらでたいしてハン サムにも見えなかったけど、ナツコは彼を熱愛していた。
同棲して三年目。
ナツコが「結婚」という具体的なゴールを考えていたかどうかはわからない。ただ、なんの約束もしてくれない男に引っかかって、未来の見えない毎日を送るのに、息苦しさを感じていたことだけは確かだ。
――彼って、私をツナギとしてしか見てない気がするのよ――
フランス語の本と日本のポップスのカセットでごったがえした狭苦し いアパートのキッチンで、ナツコはゆっくりとコーヒーをかき混ぜながら言う。
彼女の動作はいつも、けだるそうだった。
まるで身動きするのも億劫な、あたたかい泥沼に浸っている感じ。宙ぶらりんの毎日を生きる辛さと、愛する男のそばにいる快楽が、エスプレッソの中の砂糖とミルクみたいにまといついている。
学生ビザは切れかかっている。
日本で医者をやっている父親からは帰ってこいと矢の催促がある。
「ほっといて」と、それを突き放しながら、思い出したように振り込まれる父親の仕送りをあてにして、コソコソ銀行から引き出して食いつなぐ。
いつか見切りをつけなきゃと思いはするものの、彼と離れることはできない。――たまに、そんなナツコの鬱憤うっぷんが、私の目の前で爆発することがあった。
待ち合わせの時間が近づくと、
だんだん、だんだん、めんどうになってくる。
気詰まりがして、逃げ出したくなる。
たとえば、二人に夕食に招かれる。
彼が出てきて、
「悪いね。ナツコは今日は頭が痛くて食事が作れない」と言う。
すると奥から、腫れぼったい顔のナツコが出てきて、「やるわよ」と、キッチンに立つ。
「悪いね、ナツコがグズで」と、彼が言う。ナツコはふり向く。
テュ・エ・サロー「ろくでなし」と、男の顔に向かって言う。
自分の感情に照れてしまう日本人の哀しい性(さが)で、ナツコの顔はうっすら微笑んでいる。
「ろくでなしと一緒に住んでいるお前こそろくでなしさ」男は笑って言い返す。
私は黙って二人を見ているしかなかった。そんな時、ナツコの辛さが、ほんの少し、私の心にも忍び込んできた。
でも、それはほんの少しだ。オクテの私は、まだ、本気で人を好きになったことがなく、恋をしている人が、みんな羨ましく見えた。好きと嫌いのいりまじった激しい思いや、にっちもさっちもいかない恋の甘美な苦しみを、ナツコは私にかいまみせてくれた。
……ずっと後で、ああコレってアレね、と、私にもわかったんだけどね。
ナツコと私は一度だけ、一緒に旅をしたことがある。
日本に引きあげる前にスペインを旅していて、偶然に出くわしたのだ。
夕暮れ時、橙色に染まった石畳の坂道をゆっくりと降りていくと、同じ道をゆっくりと登ってくる、黒髪、黒い目の、自分によく似た娘を見つけた。
ナツコだった。私たちは坂道の上と下から駆け寄って抱きあった。
その夜は居酒屋で食べて飲んでおおいに盛りあがった。
二人とも次の目的地がバルセロナだということがわかり、互いのホテルの電話番号を教えあい、明日は一緒に旅だとうと約束した。
ところが翌日、ホテルの電話は鳴らなかった。
一日、部屋にねばって電話を待つ身は辛いものだ。そんなに律儀に待っていることもなかったのかもしれないけれど、二週間の一人 旅の後で、私はずいぶん心細くなっており、気のあった友だちとの再会が心から嬉しかったのだ。
仕方なしに、意を決して一人で列車に乗った。夜行列車で一晩を過ごし、眠い目をこすりながらバルセロナ駅のスタンドでコーヒーを啜っていたら、後ろからポンと肩を叩かれた。
ナツコが笑っていた。
顔じゅうから愛嬌がこぼれるような、じつにじつに憎めない笑顔だった。
「会えると思ってたんだ」と、ナツコは言った。
あとでナツコは私に話してくれた。
「待ち合わせって嫌いなのよ。待ち合わせの相手がいい人で、仲良くしたいって思ってる人でも、待ち合わせの時間が近づくとね、だんだん、だんだん、めんどうになってくる。気詰まりがして、逃げ出したくなっちゃう」
今の私にはわかる気がする。
ナツコが日本に帰りたがらなかったのは、「愛」のためばかりじゃない。
日本に帰ったらきっと、親や友人がよってたかって、彼女の居場所を決めてしまうだろう。
彼女にはそれが嫌だったんだ。隅々までキチンと管理された日本という社会の中で、一歩も動けなくなってしまうのが、怖かったんだろうなぁと。
ナツコはあれから、どうなったんだろう。
私は彼女の東京の住所を、ついに聞かずじまいだった。
あれは、彼女が教えてくれなかったからなのか。
こっちから聞くべきだったのか。
今はもう、私と一緒で四十を越しているはずだ。どこで何をしている のかな。
(Oggi2009年2月号掲載 イラスト/大橋美由紀 本誌デザイン/十時かの子)
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プロフィール
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'94年に『無言電話』で第7回フジテレビヤングシナリオ大賞にて佳作を受賞後、『ラブジェネレーション』( '97)や、『神様、もう少しだけ』( '98)、『大奥』( '05)、『ラスト・フレンズ』( '08)、『イノセント・ラヴ』( '08)、『八日目の蝉』( '10)、『月の恋人』( '10)など、数々の大ヒット作品の脚本を手がける。
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