TOP > 恋せよ、オトメ。 浅野妙子・連載エッセイ
なぜ、人は恋をすると嫉妬するのか
嫉妬って、なんだろう。
人はどうして恋をすると、その人の全てを所有したいと
願うようになるのだろう。
私は二十四歳から二十九歳まで妻子ある人と恋愛をしていた。
不倫街道まっしぐらである(笑)。
高校、大学と、頭でっかちで何をやっても不器用だった私にとって、それは遅れてきた初恋だった。
その頃の私は、世の中に嫉妬という感情があるのを知ってはいたが、身をもって味わったことが無かった。
万事についてサッパリした性格の自分には、そんなものは無縁だとすら思っていた。だから、どす黒い群雲のような感情が胸の中に渦巻きだしたとき、
「ああ、これが噂に聞く嫉妬か、私でもシットなんかするんだ、へー!」と、初めのうちは、新鮮に感じたほどだ。
それからすぐに、身も世もなくそれに苦しめられる時期がやってきた。
嫉妬って、なんだろう。
人はどうして恋をすると、その人の全てを所有したいと願うようになるのだろう。
私は彼の現在ばかりでなく、過去にも未来にも嫉妬した。
私にとって彼は唯一無二の存在(そのときにはそう思えた)なのに、彼にとっての私は、人生で何人目かの恋人にすぎない。
彼が私以前にも人を愛してきたという事実、その人たちと別れてきたという事実を思うと、私の胸は、シクシクと痛むのだった。
それはまた、自分もいつか、彼と別れていくだろうという予感を含み込んでいた。
そして、彼の妻に対する嫉妬。
それは必ずしも、彼女のことが憎くてたまらないというような、単純な気持ちではなかった。私は彼女に、心底同情した。いや、同情というと高みから見下ろしている感じだが、それとも違う。
私は彼の妻が半分は自分自身でもあるかのような、居心地の悪い感情を味わっていた。
私は全勢力を注いで彼と取り込もうとしていたから、
向こう側にいる人の苦しみがありありと感じられたのだ。
干刈あがたの「ウホッホ探険隊」という作品がある。
夫が恋人のもとから帰ってこない、子持ちの主婦の哀しみを描いた小説だ。
十朱幸代主演で映画化されているのだが、そのビデオを観ながら、私は家で、一人ボロボロ泣いた。
萩原健一主演の映画「恋文」でも泣いた。これも、夫が白血病の元恋人のもとに行って戻らなくなってしまう妻の話だ。
――妻の立場になって、泣けるのである。
彼が奥さんと知り合い、その愛がさめ、今、私と恋愛しているということは、いずれ同じことが私にも起きうるということだ。
出会ったのが、前か後かの違いだけじゃないか……。
理屈っぽく聞こえるかもしれないが、恋している私には、それは痛切な体感だった。
会ったことのない彼の奥さんが、私には、地球の裏側にいる自分の
分身のように思えた。
私の側で日が照っているとき、彼女の側は陰になっている。
彼が私に顔を向けている間、彼女は彼の背中を見つめている。
こういう気持ちは、彼にはついに理解してもらえなかった。
「奥さんのこと、少しは愛してるんだよね」と、私が何度も尋ねるので、
彼は「何を言わせたいんだ」と、不機嫌になった。
私は彼に、奥さんにも優しくしてほしいと思っていたのだ。
まかり間違えば自分であったかもしれない、その人に。
この感情は同情ではない。罪の意識でもない。エゴの延長だ。私は全勢力を注いで彼を取り込もうとしていたから、向こう側にいる人の苦しみが、ありありと感じられたのだ。
ガラス越しに手をあわせている人の体温が、はっきりとあたたかいように。
やがて、恋愛が倦怠期に入ると、奥さんの姿も遠のいて見え始めた。
どうせ、私とは無関係な人だ。
きっとただの、生活にくたびれたオバサンだろう。妻という名前にいやらしくしがみつき、権利を主張するだけの厚かましい女だ。真の愛情の無い不純な関係だ!
――と、思うことにした。
そのほうが楽だからだ。それが出来るようになったのは、五年の不倫経
験を経て人生がわかってしまったから……ではない。彼への愛がさめ、妻と同化するほどに彼を取り込もうとする、強い気持ちが薄らいだからだ。
今、当時の彼の年齢を越え、少ないながら幾つかの恋愛も経てきた私には、あの頃の自分の気持ちが、本当に遠く、懐かしく思い出される。
たとえまた恋をすることがあったとしても、手の届かない世界に憧れるように、その人の過去や未来を思って胸を焦がし、その人のすべてを自分のものにしたいと願う、あんな切なさは、たぶんもう二度と味わえないだろう。そう思うと、二十代の不器用な自分が、どこかいとおしくすら感じられてくる。
(Oggi2009年3月号掲載 イラスト/大橋美由紀 本誌デザイン/十時かの子)
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人はどうして恋をすると、その人の全てを所有したいと
願うようになるのだろう。
私は二十四歳から二十九歳まで妻子ある人と恋愛をしていた。
不倫街道まっしぐらである(笑)。
高校、大学と、頭でっかちで何をやっても不器用だった私にとって、それは遅れてきた初恋だった。
その頃の私は、世の中に嫉妬という感情があるのを知ってはいたが、身をもって味わったことが無かった。

万事についてサッパリした性格の自分には、そんなものは無縁だとすら思っていた。だから、どす黒い群雲のような感情が胸の中に渦巻きだしたとき、
「ああ、これが噂に聞く嫉妬か、私でもシットなんかするんだ、へー!」と、初めのうちは、新鮮に感じたほどだ。
それからすぐに、身も世もなくそれに苦しめられる時期がやってきた。
嫉妬って、なんだろう。
人はどうして恋をすると、その人の全てを所有したいと願うようになるのだろう。
私は彼の現在ばかりでなく、過去にも未来にも嫉妬した。
私にとって彼は唯一無二の存在(そのときにはそう思えた)なのに、彼にとっての私は、人生で何人目かの恋人にすぎない。
彼が私以前にも人を愛してきたという事実、その人たちと別れてきたという事実を思うと、私の胸は、シクシクと痛むのだった。
それはまた、自分もいつか、彼と別れていくだろうという予感を含み込んでいた。
そして、彼の妻に対する嫉妬。
それは必ずしも、彼女のことが憎くてたまらないというような、単純な気持ちではなかった。私は彼女に、心底同情した。いや、同情というと高みから見下ろしている感じだが、それとも違う。
私は彼の妻が半分は自分自身でもあるかのような、居心地の悪い感情を味わっていた。
私は全勢力を注いで彼と取り込もうとしていたから、
向こう側にいる人の苦しみがありありと感じられたのだ。
干刈あがたの「ウホッホ探険隊」という作品がある。
夫が恋人のもとから帰ってこない、子持ちの主婦の哀しみを描いた小説だ。
十朱幸代主演で映画化されているのだが、そのビデオを観ながら、私は家で、一人ボロボロ泣いた。
萩原健一主演の映画「恋文」でも泣いた。これも、夫が白血病の元恋人のもとに行って戻らなくなってしまう妻の話だ。
――妻の立場になって、泣けるのである。
彼が奥さんと知り合い、その愛がさめ、今、私と恋愛しているということは、いずれ同じことが私にも起きうるということだ。
出会ったのが、前か後かの違いだけじゃないか……。
理屈っぽく聞こえるかもしれないが、恋している私には、それは痛切な体感だった。
会ったことのない彼の奥さんが、私には、地球の裏側にいる自分の
分身のように思えた。
私の側で日が照っているとき、彼女の側は陰になっている。
彼が私に顔を向けている間、彼女は彼の背中を見つめている。
こういう気持ちは、彼にはついに理解してもらえなかった。「奥さんのこと、少しは愛してるんだよね」と、私が何度も尋ねるので、
彼は「何を言わせたいんだ」と、不機嫌になった。
私は彼に、奥さんにも優しくしてほしいと思っていたのだ。
まかり間違えば自分であったかもしれない、その人に。
この感情は同情ではない。罪の意識でもない。エゴの延長だ。私は全勢力を注いで彼を取り込もうとしていたから、向こう側にいる人の苦しみが、ありありと感じられたのだ。
ガラス越しに手をあわせている人の体温が、はっきりとあたたかいように。
やがて、恋愛が倦怠期に入ると、奥さんの姿も遠のいて見え始めた。
どうせ、私とは無関係な人だ。
きっとただの、生活にくたびれたオバサンだろう。妻という名前にいやらしくしがみつき、権利を主張するだけの厚かましい女だ。真の愛情の無い不純な関係だ!
――と、思うことにした。
そのほうが楽だからだ。それが出来るようになったのは、五年の不倫経
験を経て人生がわかってしまったから……ではない。彼への愛がさめ、妻と同化するほどに彼を取り込もうとする、強い気持ちが薄らいだからだ。
今、当時の彼の年齢を越え、少ないながら幾つかの恋愛も経てきた私には、あの頃の自分の気持ちが、本当に遠く、懐かしく思い出される。
たとえまた恋をすることがあったとしても、手の届かない世界に憧れるように、その人の過去や未来を思って胸を焦がし、その人のすべてを自分のものにしたいと願う、あんな切なさは、たぶんもう二度と味わえないだろう。そう思うと、二十代の不器用な自分が、どこかいとおしくすら感じられてくる。
(Oggi2009年3月号掲載 イラスト/大橋美由紀 本誌デザイン/十時かの子)
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プロフィール
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'94年に『無言電話』で第7回フジテレビヤングシナリオ大賞にて佳作を受賞後、『ラブジェネレーション』( '97)や、『神様、もう少しだけ』( '98)、『大奥』( '05)、『ラスト・フレンズ』( '08)、『イノセント・ラヴ』( '08)、『八日目の蝉』( '10)、『月の恋人』( '10)など、数々の大ヒット作品の脚本を手がける。
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とっても興味深く、しみじみと読ませて頂きました。