TOP > 恋せよ、オトメ。 浅野妙子・連載エッセイ
なぜ男は妻を「普通の女」と呼ぶのか。
「フツウの女だよ」と、A君は言う。
フツウの女?
なんなんだ、フツウって。
二十代の頃、私にはA君という飲み友達がいた。
学生時代からのつきあいで、会えばざっくばらんになんでも話し合える仲だった。
あるとき、ちょっとした頼み事があって久しぶりに彼が住んでいるはずの寮に電話すると、Aさんは結婚してここを出ました、と管理人さんから聞かされた。
驚いた私は、教えられた新居の番号に電話してみた。
「結婚したのォ? また何がどうして、そうなったのよ」
数日後、あらためて会って食事をすることになった。
「相手の人、どんな人? どうして結婚にたどりついたの?」
アルバイトに来ていた女の子で、たまたま席が隣だったという話だった。だがそれ以上、いくらつっこんで聞いても、彼女のイメージが掴めない。
なれそめとか、恋の進展につきまとうすったもんだとか、今まで彼からさんざん聞かされたような話が何一つ出てこないのだ。
「フツウの女だよ」と、A君は言う。フツウの女? なんなんだ、フツウって。
「うちの女房って、全然本読まないんだよ。字、読めないんじゃないか」と言って、A君はなぜか、得意そうな顔をした。
結局「本を読まない」「フツウ」という二点しか奥さんについて聞き出せず、私は目の前でドアを閉められたような釈然としない思いでA君と別れた。
もう一つ、似たような経験がある。
B君という男友達。彼は有名商社のバリバリのビジネスマンで、一見自信満々に見せているが、内実は寂しがり屋の甘えん坊。
失恋したり、仕事に失敗して落ち込んで寂しくなると、よく私に電話をかけてきた。
「フツウの女」という言葉で
妻を一般化することで、
男たちは他人の好奇や批判を
シャットアウトしようとする。
彼が何度目かに女の子にフラれた時、私は自分の友達の中からK子ちゃんをひきあわせてあげた。
K子ちゃんは外資系の銀行に勤めながら記号論を読む、夢見がちな瞳の知的美女である。
B君はねばり強いアタックでデートに漕ぎつけた。その経緯も、私は彼の口から逐一聞かされていた。
「あいつはホント、大バカなんだよ。要するにお嬢でさ、自分の周りのせまーい世界しか見えてないんだ。だから言ってやったんだ。
君はバカだ、もっとまわりを見ろ!って。電話、いきなり切られた」
「K子? もう終わりだよ」
「うん。この間、また電話した。一応、謝っといたんだ。『言ったことは消えないのよ』って言われた。もうダメかな」
「今日、彼女から会社に電話がかかってきた。俺、席にいなくて話せなかったんだけどさ。電話して、ダメもとで、旅行に誘ってみようと思ってるんだ」
「旅行、行ってきた。何もかも変わった。彼女も、俺たちの関係も何もかも。俺、今、目眩がしてる。彼女が好きになる男はどんなヤツなんだろうって思ってたんだけど、それが俺だったんだもんな。俺、目眩がするよ」
二人はめでたくゴールイン。
結婚二年目を迎えた頃、珍しくB君と電話で話していたときのことだ。
私がK子ちゃんのことを、たぐいまれなユニークな女性として褒めえると、B君はなんと、彼女のことをわかっているのは自分だけだと言いたげな得々とした口調で言い切ったのだ。
「いや。K子はフツウの女なんだよ」
「フツウの女」なんか、この世に一人だっていやしない。
女の子はみんなそれぞれ個性的で、いろんな魅力や欠点を持っているはずだ。
ましてや妻というのは男にとって一番身近でユニークな存在だ。
なのに男たちは、自分の妻を「フツウの女」だという。その口調には、
独特の、誇らしげな感じすら漂っている。
たぶん彼らはそうすることで他人の視線から、妻を守ろうとしているんだろう。妻の笑顔も泣き顔も、全部自分一人のもの。
他人には見せないゾという、ある種の独占欲みたいなものか。
「フツウの女」という言葉で妻を一般化することで、男たちは他人の好奇や批判をシャットアウトしようとする。
それに比べて女たちは、第三者に向かって、夫のことを盛んにノロケたり愚痴ったりするものだ。
そう考えると、男ってカワイイなと思えてくる。
「フツウの女」なんてパッケージに妻を押し込めて、安心した気分になっているみたいだけど、妻は夫の知らない間にするするっとそこから抜け出し
て、夫には見せないユニークな表情を、どこかの誰かに見せているかもしれないのだ。
要注意である。
(Oggi2009年4月号掲載 イラスト/大橋美由紀 本誌デザイン/十時かの子)
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フツウの女?
なんなんだ、フツウって。
二十代の頃、私にはA君という飲み友達がいた。
学生時代からのつきあいで、会えばざっくばらんになんでも話し合える仲だった。
あるとき、ちょっとした頼み事があって久しぶりに彼が住んでいるはずの寮に電話すると、Aさんは結婚してここを出ました、と管理人さんから聞かされた。
驚いた私は、教えられた新居の番号に電話してみた。
「結婚したのォ? また何がどうして、そうなったのよ」
数日後、あらためて会って食事をすることになった。
「相手の人、どんな人? どうして結婚にたどりついたの?」
アルバイトに来ていた女の子で、たまたま席が隣だったという話だった。だがそれ以上、いくらつっこんで聞いても、彼女のイメージが掴めない。
なれそめとか、恋の進展につきまとうすったもんだとか、今まで彼からさんざん聞かされたような話が何一つ出てこないのだ。
「フツウの女だよ」と、A君は言う。フツウの女? なんなんだ、フツウって。

「うちの女房って、全然本読まないんだよ。字、読めないんじゃないか」と言って、A君はなぜか、得意そうな顔をした。
結局「本を読まない」「フツウ」という二点しか奥さんについて聞き出せず、私は目の前でドアを閉められたような釈然としない思いでA君と別れた。
もう一つ、似たような経験がある。
B君という男友達。彼は有名商社のバリバリのビジネスマンで、一見自信満々に見せているが、内実は寂しがり屋の甘えん坊。
失恋したり、仕事に失敗して落ち込んで寂しくなると、よく私に電話をかけてきた。
「フツウの女」という言葉で
妻を一般化することで、
男たちは他人の好奇や批判を
シャットアウトしようとする。
彼が何度目かに女の子にフラれた時、私は自分の友達の中からK子ちゃんをひきあわせてあげた。
K子ちゃんは外資系の銀行に勤めながら記号論を読む、夢見がちな瞳の知的美女である。
B君はねばり強いアタックでデートに漕ぎつけた。その経緯も、私は彼の口から逐一聞かされていた。
「あいつはホント、大バカなんだよ。要するにお嬢でさ、自分の周りのせまーい世界しか見えてないんだ。だから言ってやったんだ。
君はバカだ、もっとまわりを見ろ!って。電話、いきなり切られた」
「K子? もう終わりだよ」
「うん。この間、また電話した。一応、謝っといたんだ。『言ったことは消えないのよ』って言われた。もうダメかな」
「今日、彼女から会社に電話がかかってきた。俺、席にいなくて話せなかったんだけどさ。電話して、ダメもとで、旅行に誘ってみようと思ってるんだ」
「旅行、行ってきた。何もかも変わった。彼女も、俺たちの関係も何もかも。俺、今、目眩がしてる。彼女が好きになる男はどんなヤツなんだろうって思ってたんだけど、それが俺だったんだもんな。俺、目眩がするよ」
二人はめでたくゴールイン。
結婚二年目を迎えた頃、珍しくB君と電話で話していたときのことだ。
私がK子ちゃんのことを、たぐいまれなユニークな女性として褒めえると、B君はなんと、彼女のことをわかっているのは自分だけだと言いたげな得々とした口調で言い切ったのだ。
「いや。K子はフツウの女なんだよ」
「フツウの女」なんか、この世に一人だっていやしない。女の子はみんなそれぞれ個性的で、いろんな魅力や欠点を持っているはずだ。
ましてや妻というのは男にとって一番身近でユニークな存在だ。
なのに男たちは、自分の妻を「フツウの女」だという。その口調には、
独特の、誇らしげな感じすら漂っている。
たぶん彼らはそうすることで他人の視線から、妻を守ろうとしているんだろう。妻の笑顔も泣き顔も、全部自分一人のもの。
他人には見せないゾという、ある種の独占欲みたいなものか。
「フツウの女」という言葉で妻を一般化することで、男たちは他人の好奇や批判をシャットアウトしようとする。
それに比べて女たちは、第三者に向かって、夫のことを盛んにノロケたり愚痴ったりするものだ。
そう考えると、男ってカワイイなと思えてくる。
「フツウの女」なんてパッケージに妻を押し込めて、安心した気分になっているみたいだけど、妻は夫の知らない間にするするっとそこから抜け出し
て、夫には見せないユニークな表情を、どこかの誰かに見せているかもしれないのだ。
要注意である。
(Oggi2009年4月号掲載 イラスト/大橋美由紀 本誌デザイン/十時かの子)
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プロフィール
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'94年に『無言電話』で第7回フジテレビヤングシナリオ大賞にて佳作を受賞後、『ラブジェネレーション』( '97)や、『神様、もう少しだけ』( '98)、『大奥』( '05)、『ラスト・フレンズ』( '08)、『イノセント・ラヴ』( '08)、『八日目の蝉』( '10)、『月の恋人』( '10)など、数々の大ヒット作品の脚本を手がける。
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