TOP > 恋せよ、オトメ。 浅野妙子・連載エッセイ
なぜ、多くの女は子を産みたいと思うのか。
女の身体の奥底に、子を持ちたいという本能は
しぶとく蓄えられているのかもしれない。
三十代後半の女友だちが、近頃しきりに、結婚したいと口走るようになった。
きっと本能なのよ、と彼女は言う。
子供を持ちたいという本能。
今までアーティスト崩れの危険な匂いのする男性や、セクシーな男性に惹かれてきた彼女だが、さすがに疲れてきたという。
だから今度こそはできれば幸せなゴールをめざして、長年にわたって友人としてつきあってきた幼なじみとの交際を考えているのだそうだ。
彼のことは好きだけど恋してるってほどじゃない。でも、深い親しみは感じているし一番安心できる相手だし、もういいんじゃないか、もうじたばたしたくないのよと、確かそんなニュアンスで彼女は語っていた。
恋といえば不可能に身を焦がすような恋をしてきた彼女を知っているだけに、大丈夫かしらと老婆心がわくものの、そうね、確かにそれもアリかもしれないと思う。結婚すれば、ときめきなんてものはいつかなくなって、結局残るのは安心感なんだし。
それに、子供! これが難題だ。
どうして男だとあまり問題にならない子を持つことのタイムリミットが女にだけ課されてしまうのか、どうにも不公平だけれど仕方がない。
やっぱり女の体の奥底に、子を持ちたいという本能はしぶとく蓄えられているのかもしれない。
私の大好きな作家、津島佑子さんの「火の山」に、登場人物のこんな独白がある。
「女ってのは子を産みたいものなのよ。たとえ自分が死んだって。たとえ生まれてきた子が死んだって」
子を産んだことのある身として、私には妙に実感の湧く言葉だった。
女にとっては子を産むこと自体が命の燃焼で、それから先は二の次三の次なのだ。
私は、子を産んで人が幸せになれるとは思っていない。
子を持つ人の人生が子の無い人の人生に比べて孤独でないかどうかすらわからない。
子供というのは、いっとき親のそばにいて、そしてどこかにいってしまうものだ。
それに自分自身を顧みてもわかるのだが、親が期待するほど子は親を思わない。
ただ、子供というのはそういう損得利害を超えてしまう存在で、それだからこそすごいのだとも言える。
人って自分の人生を、
あまりきれいに完結してしまうのを
恐れる動物なのかもしれない。
私自身は、三十四のときに一人、四十のときにもう一人子供を産んだ。
つくづく思うのは、子供は理屈の通らない人生の異物、他者だということである。子供というのは、人生をまっすぐには運んでくれない。子供のせいで、人は大きな曲がり角に出会ったり、あちこちにぶつかったりする。
仕事だって、家事だって、鼻歌まじりで調子よくやっていると子供に邪魔される。
イライラし、ざわざわする。でも、それがおもしろいのだ。子供のせいで、人生がざわざわするということが。そういう異物が人生を賑わせてくれることが。
実はこの原稿は一回ボツになった原稿である。
Oggiの読者は独身のキャリアガールが多いので、あまり出産礼賛みたいな内容にしないでほしいという依頼があったのだが、やっぱり私は、『子供って悪くないですよ、どうですか一つ、みなさん』みたいな文章を書いてしまうみたいだ。うーん。どうすればいいんだろう。
誤解をうまないように、もう一人、私の同年配の友人の話を書こう。
彼女は独身で、とても華やかな、恋多き人生を生きてきた。
今はある芸能事務所のアシスタントをしているのだが、そこで、田舎から出てきた十二、三歳の子供たちの世話を、お母さん代わりになって焼いている。
食事をつくってあげたり、休みの日に一緒に遊んであげたり。そんなときの彼女は本当に活き活きとしている。彼女は言っていた。
「私は今まで、自分のお金と時間を全部自分のためだけに、わがまま放題に使ってきた。そのことに少しの後悔もないけれど、残りの人生の時間は、ちょっとだけ人のために使いたいのよ」と。
だから、女の本能云々でなくて、人って自分の人生を、あまり綺麗に完結してしまうのを恐れる動物なのかもしれない。若いときは誰しも自分で手一杯。自分のことだけでアップアップだけど、少し仕事も落ち着いて、人生の先が見え始めると、あまりにも美しくまとまった一生は物足りなく思えてくるのだ、きっと。
そしてそれは、必ずしも悪いことじゃないと私は思っている。
(Oggi2010年1月号掲載 イラスト/大橋美由紀 本誌デザイン/十時かの子)
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しぶとく蓄えられているのかもしれない。
三十代後半の女友だちが、近頃しきりに、結婚したいと口走るようになった。
きっと本能なのよ、と彼女は言う。
子供を持ちたいという本能。
今までアーティスト崩れの危険な匂いのする男性や、セクシーな男性に惹かれてきた彼女だが、さすがに疲れてきたという。
だから今度こそはできれば幸せなゴールをめざして、長年にわたって友人としてつきあってきた幼なじみとの交際を考えているのだそうだ。
彼のことは好きだけど恋してるってほどじゃない。でも、深い親しみは感じているし一番安心できる相手だし、もういいんじゃないか、もうじたばたしたくないのよと、確かそんなニュアンスで彼女は語っていた。
恋といえば不可能に身を焦がすような恋をしてきた彼女を知っているだけに、大丈夫かしらと老婆心がわくものの、そうね、確かにそれもアリかもしれないと思う。結婚すれば、ときめきなんてものはいつかなくなって、結局残るのは安心感なんだし。
それに、子供! これが難題だ。どうして男だとあまり問題にならない子を持つことのタイムリミットが女にだけ課されてしまうのか、どうにも不公平だけれど仕方がない。
やっぱり女の体の奥底に、子を持ちたいという本能はしぶとく蓄えられているのかもしれない。
私の大好きな作家、津島佑子さんの「火の山」に、登場人物のこんな独白がある。
「女ってのは子を産みたいものなのよ。たとえ自分が死んだって。たとえ生まれてきた子が死んだって」
子を産んだことのある身として、私には妙に実感の湧く言葉だった。
女にとっては子を産むこと自体が命の燃焼で、それから先は二の次三の次なのだ。
私は、子を産んで人が幸せになれるとは思っていない。
子を持つ人の人生が子の無い人の人生に比べて孤独でないかどうかすらわからない。
子供というのは、いっとき親のそばにいて、そしてどこかにいってしまうものだ。
それに自分自身を顧みてもわかるのだが、親が期待するほど子は親を思わない。
ただ、子供というのはそういう損得利害を超えてしまう存在で、それだからこそすごいのだとも言える。
人って自分の人生を、
あまりきれいに完結してしまうのを
恐れる動物なのかもしれない。
私自身は、三十四のときに一人、四十のときにもう一人子供を産んだ。
つくづく思うのは、子供は理屈の通らない人生の異物、他者だということである。子供というのは、人生をまっすぐには運んでくれない。子供のせいで、人は大きな曲がり角に出会ったり、あちこちにぶつかったりする。
仕事だって、家事だって、鼻歌まじりで調子よくやっていると子供に邪魔される。
イライラし、ざわざわする。でも、それがおもしろいのだ。子供のせいで、人生がざわざわするということが。そういう異物が人生を賑わせてくれることが。
実はこの原稿は一回ボツになった原稿である。Oggiの読者は独身のキャリアガールが多いので、あまり出産礼賛みたいな内容にしないでほしいという依頼があったのだが、やっぱり私は、『子供って悪くないですよ、どうですか一つ、みなさん』みたいな文章を書いてしまうみたいだ。うーん。どうすればいいんだろう。
誤解をうまないように、もう一人、私の同年配の友人の話を書こう。
彼女は独身で、とても華やかな、恋多き人生を生きてきた。
今はある芸能事務所のアシスタントをしているのだが、そこで、田舎から出てきた十二、三歳の子供たちの世話を、お母さん代わりになって焼いている。
食事をつくってあげたり、休みの日に一緒に遊んであげたり。そんなときの彼女は本当に活き活きとしている。彼女は言っていた。
「私は今まで、自分のお金と時間を全部自分のためだけに、わがまま放題に使ってきた。そのことに少しの後悔もないけれど、残りの人生の時間は、ちょっとだけ人のために使いたいのよ」と。
だから、女の本能云々でなくて、人って自分の人生を、あまり綺麗に完結してしまうのを恐れる動物なのかもしれない。若いときは誰しも自分で手一杯。自分のことだけでアップアップだけど、少し仕事も落ち着いて、人生の先が見え始めると、あまりにも美しくまとまった一生は物足りなく思えてくるのだ、きっと。
そしてそれは、必ずしも悪いことじゃないと私は思っている。
(Oggi2010年1月号掲載 イラスト/大橋美由紀 本誌デザイン/十時かの子)
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プロフィール
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'94年に『無言電話』で第7回フジテレビヤングシナリオ大賞にて佳作を受賞後、『ラブジェネレーション』( '97)や、『神様、もう少しだけ』( '98)、『大奥』( '05)、『ラスト・フレンズ』( '08)、『イノセント・ラヴ』( '08)、『八日目の蝉』( '10)、『月の恋人』( '10)など、数々の大ヒット作品の脚本を手がける。
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「そしてそれは、必ずしも悪いことじゃないと私は思っている。」という言葉に、なんだか励まされたような気持ちになりました。