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恋せよオトメ。浅野妙子・連載・エッセイ

女は、いくつまで女でいられるか。

おばあさんたちは外見はおばあさんでも
心の中は女だ。


そろそろ五十の大台が近づいてきた年齢になって、近頃、女って、いくつまで女でいられるんだろうかと、しきりに考えるようになった。

若い読者の皆さんには、ピンとこない話題かもしれませんが、まぁしばらくおつきあいください。
思っているほど、遠い話じゃないですから。

長年フリーターをやってきた男友達が、介護の仕事に携わることになり、日々お年寄りと接しているのだが、彼が言うには、「ホームのおばあさんはエロい。独り住まいの人はそんなでもないけど」。おばあさんたちは外見はおばあさんでも、心の中は女だ。
入浴や身の回りの世話を男性のヘルパーにみてもらいたがり、お風呂の中で手を握ってきたり、ベッドで一緒に寝てくれとせがんだりするという。
そういうときは、「僕を悪い男にしないでよ、困っちゃうなあ」と、笑っていなすそうである。
こんな話を聞いたら、若い皆さんは「うわっ! 気持ち悪い!」と、生理的な嫌悪を覚えるだろうか。
ところが私はそうはならない。それどころか「そうかぁ。そうだろうなぁ……」と、やけにしみじみした気持ちでおばあさんに共感してしまう。
201002_1たとえばある認知症のおばあさんは、たまに鏡に自分の姿が映ると、ハッとおびえて身構えるという。
彼女には自分が年を取ったという認識が無い。
鏡に映るのは、見も知らぬ他人、気味の悪い「おばあさん」だと思うのだ。
そんなときは彼は優しく彼女の手を引いて、「あっちにいこうね」と、鏡から引き離す。
その光景が目に浮かび、私はまた胸が痛くなる。
彼女の頭の中の「自分」は、もっと若くてキレイなはずなのだ。
世話してくれる男性ヘルパーと自分のトシがさほど離れているとも思っていないのだろう。
ほのかな乙女心を、抑圧のとれた精神状態で全開にしているおばあさん。かわいいじゃないか。
それに、なんだか切なくもある。
全くもって、ひとごとじゃない。私もきっと、ボケが入ったら(いや、あまり入らなくとも人恋しさのあまり)そんなおばあさんになるに違いないという気がする。
年甲斐もなく若い男子に恋をし、当然、相手にされないわけだ。
人間、最後の恋は片思いか。ああ、切ない。

たぶん死ぬまで女は女で、
その面倒臭さから
解放されることは無いんだろう。

先日、井上荒野さんの「静子の日常」という新刊を読んだ。
静子という七十五歳の女性が主人公だ。荒野さんは私と全く同い年の61年生まれなので、やっぱり老いの問題が気になってきたのかもしれない。

静子おばあちゃんは、映画「アメリ」の主人公アメリのような、いたずら好きでお茶目で、とても魅力的な女性である。
たとえば行きつけのスポーツクラブでこうるさい張り紙を見かけると(「人の悪口は言わないようにしましょう」のような)、黄色い付せんに「ばか?」と書いて貼り付けておくような。
この静子さんも、若いときは恋をした。今は亡き夫が浮気三昧していた頃に、ある男性にどうしようもなく心惹かれ、一度は発作的に家を出ようと息子の手を引いて銀座で落ち合ったことがある。
結局、家出は決行されなかったのだが、その男が、体を悪くして老人ホームに入り、地図付きの葉書を送ってきた。
201002_2何十年ぶりかに静子は男に会いにいく。
男は、若いときにもそうだったように、女たち(といってもおばあさんや看護師さんだが)に囲まれていた。「やあ、いらっしゃい」と、昨日会ったばかりのような笑顔で静子を迎える。
男が世慣れた遊び人であること、そんな男への、静子の思いが案外深いものであったことが、その場面から察せられる。
「僕の積年の思い人だよ」と、男は静子を女たちに紹介し、二人はなんでもないお喋りをして穏やかな時間を過ごす。
数ヶ月して、ホームから男の容体が悪化し予断を許さないと告げる葉書が届く。
静子は準備をして出かけようとする。すると、その朝、男から葉書が届く。
青いクレヨンで「くるな」とだけ書かれている。静子はそれでも支度をし、バスに乗る。
でも、バスを途中で降りてしまう。
いつも通っているスポーツクラブのプールに行き、思い切り泳ぐ。
涙が流れていてもここなら誰にも気づかれない。50メートルいっきに泳いで顔をあげ、まだ涙の止まらない顔で「ばか」と呟く。

ここを読んで、泣いてしまった。

七十五歳で一度の逢瀬を諦めるということは、一生の逢瀬を諦めることだ。残された自分のわずかな時間の中に、大事なひとりの人の存在がなくなるのを引き受けることだ。それはハタチや三十で、男と別れる決断をすることとは覚悟のケタが違う。その覚悟の深さ、七十五歳の凜とした潔さに、胸を突かれた。

しかたがない。
たぶん死ぬまで女は女で、その面倒臭さから解放されることは無いんだろう。
できれば静子のように潔くありたいけれど、本能丸出しの色ボケばあさんになってしまうかもしれない。
でも、老いても女であることを、あさましいと見るのも美しいと見るのも人の目だ。
死ぬまで恋する乙女でいて心の中に小さな火を灯し続けるのも、悪くないかなと思っている。

(Oggi2010年2月号掲載 イラスト/大橋美由紀 本誌デザイン/十時かの子)




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プロフィール

'94年に『無言電話』で第7回フジテレビヤングシナリオ大賞にて佳作を受賞後、『ラブジェネレーション』( '97)や、『神様、もう少しだけ』( '98)、『大奥』( '05)、『ラスト・フレンズ』( '08)、『イノセント・ラヴ』( '08)、『八日目の蝉』( '10)、『月の恋人』( '10)など、数々の大ヒット作品の脚本を手がける。


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