TOP > 恋せよ、オトメ。 浅野妙子・連載エッセイ
運命の男性は存在するか。
ヒロインは
昨日の私であり、
明日のあなただ。
ゾエ・カサヴェデス(あのジョン・カサヴェデスの娘!)の「ブロークン・イングリッシュ」という映画がある。
すごい名作というわけでもないし、名の売れた俳優が出ているわけでもない、小さな映画だ。
簡単に筋を説明すれば、仕事にも人生にも行き詰まった三十代の女(彼氏いない歴推定三年)が、言いしれない危機感に襲われて恋人ほしさに七転八倒し、あっちこっちで傷ついたあげく最後に本当の恋を見つけるというお話である。
なんて平凡な、でもなんて切実な話だろうか!
その身につまされ感、あるある感は、これがアメリカの映画だということを忘れさせる。
ヒロインは昨日の私であり、明日のあなただ。
友達の紹介で、収入も見栄えも悪くない男とデートする。
でも、映画館で彼のモトカノにばったり。
男は「ごめん。彼女と別れたばかりで、まだ次に進む気になれないんだ」と謝る。
落ち込んだヒロインは、翌日、マンションの部屋で一人、ヨガに没頭する。
留守番電話には、合コンやパーティの誘いが入ってくるが、期待して傷つくのはもう嫌だと耳を塞ぐ。
でも寂しくて、やっぱり夜になるとパーティに出かけてしまう。
パッと見渡したところ、男はハズレばかり。
中でもタイプじゃない太めくんにしつこく言い寄られ、うんざりしながら、エレベーターに逃げる。
このとき、入れ違いに彼女の「運命の男性」が降りてくる。
運命はあったかもしれないけど、
運命を引き寄せる努力も
私はしていたように思う。
この映画はここが絶妙にうまい。
普通の映画だと、ここでどこから見てもかっこいい男、あるいは誰もが名前を知ってるようなイケメンが出てきて、後の展開が予想できてしまうのだが、この映画は違う。
最初の一瞬、男は外角ギリギリな感じなのだ。
つまり、追い詰められれば手を出すけれど、そうでなければスルーしてしまうビジュアルと雰囲気ということ。
フランス人で、喋っている英語も変だし、なんだかチャラくて信用できない感じもする。
映画の進行にともない、そんな彼が少しずつ魅力的に見えてくる過程と、ヒロインが彼に惹かれていく過程がみごとに一致し、観客は物語に引き込まれていく。
数日の逢瀬の後、この男、ジュリアンはパリに帰っていく。彼女は泣く泣く彼と別れる。
でも、どうしても忘れられない。半年後、仕事を辞めて彼を追いパリに発つが、渡されていた携帯番号のメモをなくしてしまい連絡が取れない。
諦めて帰国しようとしたその日、地下鉄の中で彼に再会する。
運命の恋というわけだ。
さて、運命の男性というものが存在するか、だけれども。
三十歳前後のある時期、私はまさにこのヒロインと同じような状態だった。
とにかく誰かと早く「つがい」になりたくて、いろいろな人に会い、我慢してあまり楽しくないデートをしたり、ちょっといいなと思った人にふられたりしていた。
そんな中、今の夫に出会ったのだが、それが運命だったのかどうか。
答えはイエスでもありノーでもある。
まず、夫に会う前に、私は出会いを求めてずいぶんあがいた。求めなければ出会いはやってこない。
そして、夫に会ったとき、あることを直感した。
「好き」でも「かっこいい」でも「素敵」でもなく、この人とは、一緒に暮らしたらきっと楽しい、私にとっては最高にいい人だ、と思ったのだ。その後、いろいろなことがあり、別れ話や破局の危機も経た上で、結婚したのは交際四年後のことだった。
振り返ると、運命はあったかもしれないけど、運命を引き寄せる努力も私はしていたように思う。
そして、なんだかんだとあがいてみて、ふっと諦めて「もういいや」と思えた頃、いいことは思いがけず向こうからやってくるという、実感もある。
最後にもう一つ。
恋人のいない女の子が運命の恋を求めてさまよう実感百パーセントの映画。
フランス版なら、エリック・ロメールの「緑の光線」があります。
おすすめです!
(Oggi2010年4月号掲載 イラスト/大橋美由紀 本誌デザイン/十時かの子)
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昨日の私であり、
明日のあなただ。
ゾエ・カサヴェデス(あのジョン・カサヴェデスの娘!)の「ブロークン・イングリッシュ」という映画がある。
すごい名作というわけでもないし、名の売れた俳優が出ているわけでもない、小さな映画だ。
簡単に筋を説明すれば、仕事にも人生にも行き詰まった三十代の女(彼氏いない歴推定三年)が、言いしれない危機感に襲われて恋人ほしさに七転八倒し、あっちこっちで傷ついたあげく最後に本当の恋を見つけるというお話である。
なんて平凡な、でもなんて切実な話だろうか!
その身につまされ感、あるある感は、これがアメリカの映画だということを忘れさせる。
ヒロインは昨日の私であり、明日のあなただ。
友達の紹介で、収入も見栄えも悪くない男とデートする。でも、映画館で彼のモトカノにばったり。
男は「ごめん。彼女と別れたばかりで、まだ次に進む気になれないんだ」と謝る。
落ち込んだヒロインは、翌日、マンションの部屋で一人、ヨガに没頭する。
留守番電話には、合コンやパーティの誘いが入ってくるが、期待して傷つくのはもう嫌だと耳を塞ぐ。
でも寂しくて、やっぱり夜になるとパーティに出かけてしまう。
パッと見渡したところ、男はハズレばかり。
中でもタイプじゃない太めくんにしつこく言い寄られ、うんざりしながら、エレベーターに逃げる。
このとき、入れ違いに彼女の「運命の男性」が降りてくる。
運命はあったかもしれないけど、
運命を引き寄せる努力も
私はしていたように思う。
この映画はここが絶妙にうまい。
普通の映画だと、ここでどこから見てもかっこいい男、あるいは誰もが名前を知ってるようなイケメンが出てきて、後の展開が予想できてしまうのだが、この映画は違う。
最初の一瞬、男は外角ギリギリな感じなのだ。
つまり、追い詰められれば手を出すけれど、そうでなければスルーしてしまうビジュアルと雰囲気ということ。
フランス人で、喋っている英語も変だし、なんだかチャラくて信用できない感じもする。
映画の進行にともない、そんな彼が少しずつ魅力的に見えてくる過程と、ヒロインが彼に惹かれていく過程がみごとに一致し、観客は物語に引き込まれていく。
数日の逢瀬の後、この男、ジュリアンはパリに帰っていく。彼女は泣く泣く彼と別れる。
でも、どうしても忘れられない。半年後、仕事を辞めて彼を追いパリに発つが、渡されていた携帯番号のメモをなくしてしまい連絡が取れない。
諦めて帰国しようとしたその日、地下鉄の中で彼に再会する。
運命の恋というわけだ。
さて、運命の男性というものが存在するか、だけれども。
三十歳前後のある時期、私はまさにこのヒロインと同じような状態だった。とにかく誰かと早く「つがい」になりたくて、いろいろな人に会い、我慢してあまり楽しくないデートをしたり、ちょっといいなと思った人にふられたりしていた。
そんな中、今の夫に出会ったのだが、それが運命だったのかどうか。
答えはイエスでもありノーでもある。
まず、夫に会う前に、私は出会いを求めてずいぶんあがいた。求めなければ出会いはやってこない。
そして、夫に会ったとき、あることを直感した。
「好き」でも「かっこいい」でも「素敵」でもなく、この人とは、一緒に暮らしたらきっと楽しい、私にとっては最高にいい人だ、と思ったのだ。その後、いろいろなことがあり、別れ話や破局の危機も経た上で、結婚したのは交際四年後のことだった。
振り返ると、運命はあったかもしれないけど、運命を引き寄せる努力も私はしていたように思う。
そして、なんだかんだとあがいてみて、ふっと諦めて「もういいや」と思えた頃、いいことは思いがけず向こうからやってくるという、実感もある。
最後にもう一つ。
恋人のいない女の子が運命の恋を求めてさまよう実感百パーセントの映画。
フランス版なら、エリック・ロメールの「緑の光線」があります。
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プロフィール
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'94年に『無言電話』で第7回フジテレビヤングシナリオ大賞にて佳作を受賞後、『ラブジェネレーション』( '97)や、『神様、もう少しだけ』( '98)、『大奥』( '05)、『ラスト・フレンズ』( '08)、『イノセント・ラヴ』( '08)、『八日目の蝉』( '10)、『月の恋人』( '10)など、数々の大ヒット作品の脚本を手がける。
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