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恋せよオトメ。浅野妙子・連載・エッセイ

人間に「モテ期」はあるか。


人には一生に一度、
モテ期というものがやってくる。


今回は、モテ期について考えてみる。
持論だが、人には一生に一度、モテ期というものがやってくる。
二十代でそれが来る人もいれば、五十代で来る人もいる。

201007_1その前に、役者のモテ期について考えてみたい。
役者の場合、ここでモテ期というのは、プライベートにモテている時期ではなくて、その人の魅力が世間に知れ渡り、仕事のオファーが絶え間なく舞い込んで、引っ張りだこになる時期を言う。
もちろん、この二つは多くの場合重なりあうのだけれど。

堺雅人という役者がいる。
堺君を、私は縁あって、デビューの時から知っている。
かれこれ十四年前、フジテレビの深夜枠で、生まれて初めて私の書いたドラマが放映されることになった。
葛飾の滅びゆく名画座を舞台に映写技師の青年と少女の淡い恋を描いた三十分の短編ドラマ。
その主役が二十二才の堺君だった。
堺君自身もほぼこれがドラマデビューだった。

とても感じの良い、でも特に目立つところのない青年だった。
六年後に、「婚外恋愛」という連続ドラマの、主要な役の候補に彼があがったとき、人に言われるまで、私は彼のことを思い出せないくらいだった。
二十代も終わる頃になってようやく芽が出かけて、「遅咲き」と言われていた堺君。


顔だちそのものは綺麗なのに、「美男」という台からどうしても滑り落ちてしまうような、脱力系のカッコ悪さがある。
人柄の良さが画面に滲み出てしまう。草食男子の走りというのか、ぎすぎすしていなくて、男につきものの競争心がゆるーく抜け落ちていて、会っていても実に気楽な感じ。


若いころモテなかった人が、
ある時期になって
昔はなかった魅力を発揮し始める。

でもそういう彼が、私には、そのときすでに、とてつもなく魅力的に見えた。世間の評価はどうだったかというと、この頃はまだ、彼の魅力に気づいている人は少数だったように思う。
周りの女友達に聞き込み調査しても、
「もうちょっと色気があると良かったよね」
「なんかいまいち」
「気持ち悪い」
等という声が多かったのだ。

二十代の俳優には、人は隙のない完璧な美しさ、男らしさに通ずる「キレ」を求める。チョイ悪でワイルドな男の子ほどモテる。ワイルドの対局のような堺君がモテなかったのもうなずける。

ところが。
三十をだいぶ過ぎてから彼は売れ出し、三十六歳の今、モテモテである。
大河ドラマ「新選組!」に始まって、映画「クライマーズ・ハイ」やドラマ「官僚たちの夏」のような、男の集団を描いた作品に彼が混じっていると、彼はそのオス性の薄さ、どこか柔らかな女性的な空気感で、ひときわ光って見えるのだ。
いい具合に力の抜けた、カッコをつけていない感じ、見ようによってはカッコ悪い感じが、人々の目に「魅力」として映るようになったのだ。

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役者は三十を過ぎてからが勝負で、美貌だけで売っていた人たちは櫛の歯が欠けるように消えていく。
そして、誰にもないユニークな何か、どこか「変」なところのある人が、生き残っていく。
ところで、本題に戻るけれど、役者ではない、普通の人にも、これに似た現象は起きている。
若い頃モテなかった人が、ある時期になって昔はなかった魅力を発揮し始める。

自分のゆく道を見据えて、焦らず淡々と努力を続けている人は、男女に限らず、
年齢と共にある種の美しさを獲得してゆく。
それが人の目にもはっきりと見えるほど花ひらいたとき、その人なりのモテ期が来る……そんな気がする。

(Oggi2010年7月号掲載 イラスト/大橋美由紀 本誌デザイン/十時かの子)



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プロフィール

'94年に『無言電話』で第7回フジテレビヤングシナリオ大賞にて佳作を受賞後、『ラブジェネレーション』( '97)や、『神様、もう少しだけ』( '98)、『大奥』( '05)、『ラスト・フレンズ』( '08)、『イノセント・ラヴ』( '08)、『八日目の蝉』( '10)、『月の恋人』( '10)など、数々の大ヒット作品の脚本を手がける。


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